今こそ読みたい、ボードリヤール『湾岸戦争は起こらなかった』(1991)の要約と考察
ジャン・ボードリヤール『湾岸戦争は起こらなかった』、塚原史訳、紀伊國屋書店、1991年
【要約】
○湾岸戦争にかんするタイム・テーブル
『湾岸戦争は起こらなかった』は湾岸戦争の始まる前、最中、後に書かれた三つの論文を合わせたものである。
1990年8月1日 石油問題をめぐって、イラクとクウェートの交渉が決裂。
15日 イラク、難航していたイラン和平交渉で全面的な条件受け入れを発
表。また、外国人の出国を禁止、戦略施設に分散拘束して「人質」化
11月29日 国連安保理、明年一月一五日までにイラクがクウェートから撤退しな
い場合、武力行使を容認するとの決議を可決。
1991年1月4日 「湾岸戦争は起こらないだろう」を発表。
17日 湾岸戦争開戦。アメリカを主力とする多国籍軍、バクダッドなどを
空爆。
2月13日 バクダッド爆撃で多数の民間人が死亡。
「湾岸戦争は起こっているのか?」を発表。
24日 未明、地上戦に突入。
27日 ブッシュ、湾岸戦争勝利と停戦を宣言。
3月29日 「湾岸戦争は起こらなかった」を発表。
① 「湾岸戦争は起こらないだろう」
はじめから、この戦争が存在しないだろうということを、人びとは知っていた。熱い戦争(暴力による紛争)のあとから、冷たい戦争(恐怖の均衡)のあとから、やってくるのは死んだ戦争――解凍された冷戦――だ(十五頁、引用)。
・戦争の宙づり状態
人質が兵士にとって代わった。人質は無力さゆえに情報として、紙幣のような交換可能性となり、その可能性が戦争を、実際の戦闘行為のない宙ずり状態にする。
・抑止力の論理
われわれをとりまいているのは、戦争の論理でも、平和の論理でもない。抑止力の論理だ。この論理は、四十年におよぶ冷戦のあいだに独自の成長をとげ、今後の出来事において、ついに大団円をむかえたのである――東欧でも、湾岸地方でも起こった、弱々しい出来事の論理(二十頁、引用)。
戦争が抑止力によって、当事者同士が本当に出会うことのない漸近線的な状態が続くことになる。宣戦布告という儀礼の消滅や、勝者と敗者の区別の消滅によって戦争は終わることもなく、始まることもなくなる。
・潜在的なものは現実的なものへ転化するのか?
現代においては潜在的なものが現実的なものに勝利している。核という潜在的な力が現実に干渉し、現実を抑制しているように、生産された武器は使用されることに意味があるのではなく、潜在性に留まっていることで効力を発揮する。現代人は現実的な暴力より、TVの画面にうつされる暴力を好むように、潜在性が現実の行為に移ることを嫌う。戦争は情報として「試験管の反応」のように現実的なものなることなきシミュレーションとして潜在的なものに留まるだろう。
② 「湾岸戦争はほんとうに起こっているのか?」
入手可能な材料だけにもとづくなら(戦争の実像はほとんどなく、注釈ばかりが氾濫している)、われわれは宣伝のための巨大なテストに立ち会っているのではないか、とさえ考えられるほどだ(二十九頁、引用)。
・宣伝と投機と潜在性に彩られた戦争
宣伝と投機と潜在性に彩られた今度の戦争は、戦争とは他の手段によって追求される政治である、というクラウゼヴィッツの公式に、もはや対応していない。湾岸戦争はむしろ、他の手段によって追求される政治の不在に対応していると言えるだろう(三十二頁、引用)。
宣伝とは経済の手段ではなく、目標なき結果である。それは文化全体の寄生生物のように、宣伝する内容に関係なく、伝わるという結果で世界中の文化を消費可能にするものである。同様に湾岸戦争も征服や支配という政治的目標を持つものでない。それは宣伝が宣伝という目標しか持っていないように、戦争の存在を実証するためだけのものであり、見世物のように戦争らしさを演出するだけの疑似体験である。
・勝ち負けのない戦争
湾岸戦争とはサッカーにおけるPK戦のようなものである。サッカーは勝ち負け求めてお互い戦略を立て戦うものだが、引き分けになった後のPK戦は、今までの熱戦の価値が戦いそのものではなく、ただの結果のみの価値であると白けさせる。PK戦で決めてしまうなら、はじめから戦う必要がなかったと感じてしまうように、そこにあるのは勝敗の(競争の)価値ではなく、勝敗の価値そのものを白けさせる消化不良である。
けっきょく、戦争についての決定をくだせない状況は、他者性と原初の敵意と真の敵の消失にもとづいている。戦争は独身者の機械となったのだ(四十三頁、引用)。
独身者機械とは批評家ミシェル・カルージュが美術作品や文学において精神分析学的方法において発見した、人間が機械に欲情するようなフェティッシュな側面に着目した概念である。
彼は文字どおり我を忘れ、娘の首を絞めると、屍体にのしかかったのだ。これは考えられる限り、もっとも機械的、独身者的「愛」である(ミシェル・カルージュ『≪新訳≫独身者機械』新島進訳、東洋書林、2014年、八十八頁)。
独身者機械にとって異性は機械的装置であり、我が物にするという操作性から快楽を得るものである。彼らにとっての対象は抵抗もなく動かないものであり、目的は生殖ではなくオナニズムである。独身者機械と化した戦争は、二者間の闘争としておこるものではなく、自らのつくりだした抽象的な他者性とのみ戦う。
アメリカ人たちは(独身者機械的)自己中心的メンタリティによって敵を理解不能で具体的な他者ではなく、抽象的な他者性としてつくりだしている。アメリカ人はインディアンを同情することで壊滅させたように、「お金はあった方がいい」「生活は豊かな方がいい」などの自らのフィルターを通じてのみ、他者という存在の表象を生み出して排除する。
・戦争の徴候化
現代において病気が徴候として読み取られるのと同様に、戦争も徴候となる。現代の病気はそれ自体として存在するのではなく、臓器の動きや皮膚の変化などが徴候として、その効果=結果を読み解かれることで初めてあらわれる。私たちが徴候としてみるのは「清潔な戦争」である。「ステルス」に行われる攻撃や敵を見ないまま行われる爆撃にあるのは記号と徴候のみの交換、応酬である。それは発信者と受信者がけっして出会うことのないコミュニケーションであり、決闘的な関係は欠落している。
・リアルタイムの「退縮」
リアルタイムの「退縮」とは、出来事が瞬間的なものへ退縮し、情報のなかで消滅する現象である。リアルタイムな情報は、その透明さゆえに現実に接近していると感じてしまう。しかし、それは現実が等身大のイメージとして無力化されることである。戦争という出来事が、戦争の情報によってイメージとしてのみ機能する時に、戦争は情報の中で消滅してしまう。
・本当に戦争は起こっているのか?
戦争について賛成や反対について言っているものとは別の次元の愚かしさがある。それは、戦争の宣伝や徴候、リアルタイムな情報によって、もはや戦争が現実か幻想の区別が分からなくなってしまう愚かしさである。
③ 「湾岸戦争は起こらなかった」
今度の戦争は、始まる前から終わっていたようなものなので、ほんとうに存在していたとしても、それがどんなかたちをとっていたか、けっしてわからないだろう(九十三頁、引用)。
・戦争の現実性
湾岸戦争の場合、問題なのは、戦争が現実に存在したという仮説以外の仮設を立てることを不可能にするかたくなな論理が、実物によって検証される、という思いこみだ。最終結果なるものの幻想を根拠とする、現実主義的論理である。――ところが、戦争のような複雑な方程式の最終解は、けっして戦争という明白な事実のなかにあるのではない(百五頁、引用)。
サッカーとPK戦の関係ように、あたかも結果だけしか意味をなさないと信じてしまう幻想がある。それはサッカーを点数というスコアでのみ理解し、本当にそこに戦いがあったかを検証することなく信じることの愚かさである。
・犠牲者のいない戦争の兆し
多国籍軍側の戦死者が今までの戦争において最小限となった(イラクは3万人前後、多 国籍軍は700人前後と言われている)。こうした犠牲者の少ない戦争は、やはり従来の戦争とは一線を画す。死者が見えなくなることは、なおさら戦争を漂白し、死者も記号となってくことの兆しである。
・合意にもとづく最初の戦争
クラウゼヴィッツ「戦争でない戦争とは、他の手段によって追求される政治の不在のことである……」。湾岸戦争は支配への政治的意志や、生の衝動や、二者闘争的な暴力からではなく、抑止力による全面的な合意への意志によって起こった。それは対話や闘争ではない合法による電気処刑である。この戦争の実体は、正規軍どうしの対決というより、飼いならし、「管理不能な要素」の排除である
【考察】
○現実の戦争と幻想の戦争 ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」から
スタジオで演じられる事象は、これと似た現実の事象とは、大いに異なっている。その相違はちょうど、競技場での円盤の投擲が、誰かを殺そうとしての同じ場所での同じ距離へ向けての同じ円盤の投擲と、異なるにひとしい(多木浩二『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』岩波現代文庫、二〇〇〇年、百六十頁、引用)。
ここで問われていることは単に現実と幻想の区別ではない。なぜならスタジオの演技も、競技場の円盤投げも現実であるからだ。しかし、スタジオの演技は現実を模している訳ではなく、現実らしさという結果だけを求めている。それは円盤投げが、狩猟という手段によって得られた結果としての距離を、競技として求めているという事態と同じである。現実の事象には、殺すための円盤投げのような再現不可能性がある。しかし、競技としての円盤投げは距離が記録として再現可能なものとなる。
ベンヤミンが複製技術時代において警鐘を鳴らすのは、幻想やコピーの氾濫ではない。危険なのは現実やオリジナルが、自らの現実性を獲得しようと倒錯に陥ることである。円盤投げを競技より、狩猟が素晴らしいと語ることは、複製技術に対して人間的な栄光を振りかざすことである。しかし人間と技術を分けることは、やはり的を射ていない批判である。ここで語るべきは既に倒錯した遠近法について語ることある。オリジナルとコピーの関係は技術において変化する。
オリジナルの価値を復権させようとするのは、まさしく湾岸戦争が戦争らしさを求めるという倒錯である。だからこそボードリヤールは戦争がいかに変化したのか、湾岸戦争がいかに空虚なものだったかを告発しようとしているのではないだろうか。
○新兵器 距離とリアルタイム
湾岸戦争では従来の戦争にはなかった様々な新兵器が投入された。トマホーク巡航ミサイル、ステルス戦闘機、クラスター爆弾等々。
重要な役割を果たしたのはGPS(全地球測位システム)である。アメリカ軍が打ち上げたGPS衛星により地球のどこにいようと信号を送るだけで分かるようになった。このころはまだ精度は低かったものの、その衛星通信システムをいかしたAWACS(早期警戒管制機)という大型レーダー搭載の航空機が実装されることとなり、大きな成果を挙げた。敵に知られることなく敵の場所を知るということは情報戦や電子戦において非常に有益であり、湾岸戦争においても、その距離や成果は目覚ましいものがあった。
もう一つ大きな話題となったのはイラク軍のスカッドミサイルを撃墜したパトリオットミサイルである。これは「目標物迎撃用追跡位相配置レーダー」ミサイルの略称であり、名前の通りレーダーによるミサイル探知と弾道の計算などが一体となったシステムのことである。また、無線や中継により運用中は無人になることが可能である。まさしくリアルタイムでの情報が鍵を握る兵器であり、ミサイルとミサイルの知能的攻防が人間のいない場所で行われることになる。
人間が他の動物と大きく異なるのは、距離を置くことである。飛び道具を生み出した人類は自らの身体と離れた場所で自らの力を行使できるようになった。実際に投げることに関して人類の右に出る動物はいない。距離の拡大は抽象的な思考能力にも変化を与えたと言われている。それは「これがあそこへ」という離れた場所での報酬を計算することになるからだ。確かに農耕も延期的に、今を我慢して次を予測することで得られる報酬である。しかし距離が拡大すればするほど、制御の問題が出てくる。物体が自らの手から離れると自ずと計算しきれない部分が出てきて制御が難しくなる。しかし、リアルタイムの情報が途轍もない距離の制御を可能にした。無人の物体がリアルタイムの情報を人間に送ることと、そこからリアルタイムで人間が物体に指示を出すことで、戦場に人間が出る可能性はなくなる。
『天皇の肖像』における錦絵から御真影への変遷と描写の関係
ベンヤミンが『複製技術時代の芸術作品』で告発したようにモデルとコピーの関係には、技術のもつ政治的な力が貫いている。確かに彼の言う通り映画『オリンピア』(一九三八)にみる巨大で政治的な儀礼空間は、映画という技術とリーフェンシュタールの技巧によって創出されている。私たちがそこにみるのは人間の貧弱な身体ではなく、ギリシア彫刻のような筋肉美、全体運動の均整美、すなわち個人ではなく、アウラのまとった共同体である。ファスシトが利用したような、そうした価値形成が近代国家というシステムには欠かせない。近代国家には政治的中心と、「国民」という共同体意識が不可欠であり、西洋ではそうした歩みが生産体制の変化や遠近法や宗教などの文化と共に、歴史的に起こったのに比べ、日本はそうした地盤がないままに、急速に近代国家の仲間入りをする必要があった。そうした急速な流れによる、天皇という存在形式の変化が「錦絵」から「御真影」という天皇に対する描写の変遷を辿ることによって明らかにすることができるのである。以下の「錦絵」と「御真影」に対する歴史的事実と、視線の政治性への考察は、ほとんどが多木浩二著『天皇の肖像』を参照している。それを要約する形で利用しつつ言語的な描写との関係を絡めて再考してみたい。
初期の明治政府は錦絵に天皇が描かれること自体は規制してはいなかった。それは錦絵に恣意的な価値批判能力が備わっていなかったからだ。価値批判とは、対象の同一的価値を破壊することだが、そこにはまず事物を対象化して価値を共有するという視点が必要である。西洋の諷刺的文化には明らかに価値批判があったのだが、日本にはまだそうした遠近法的な視点があまりなかったゆえに、例え戯作的な画風でも錦絵には諷刺のような批判能力がなかったのである。それは錦絵では現実性よりも物語性に重きがおかれることでも理解できるだろう。そうした慣習のもと、錦絵での天皇という特別な記号は、物語のキャラクターとしてスター化されることになった。スター化という明るさから政府もしばらく見過ごしてきた訳だが、そうしたキャラクターは、次の主題によって過ぎ去る危険性があった。その危険性に気が付いた明治政府は、物語という「外」に公使されるキャラクターではなく、現実に力を行使する、揺るがない同一性をもった天皇像を目指した。そこで天皇は神話的偏在性と、国の代表としての現実的同一性を持つという二重性を背負わなければならなかった。現実の存在でありながら、人間とは一線を画した神でもなければならなかったのだ。キリスト教的な地盤を持つ地域では、受肉として神性を体内化する感性が育っていた訳だが、そうした伝統のない日本において神性と現実性をうまく癒合させることは一筋縄ではいかなかった。そうした必要に駆られ、『オリンピア』のように現実的でありつつ、魔術的なアウラに包まれた、天皇の肖像として「御真影」はつくられることとなる。
ここで再び天皇という存在が近代国家を形成するにあたり、なぜ中心として必要であったのかを、視線の問題から考えてみたい。まず国民という精神を創出するにあたり、人々は同じ視点を持たなければならなかった。その為に天皇は人々の視線の中心として機能し、かつ監視塔のように「見ている」存在としても機能する必要があった。なぜなら、例え集団で一つの対象を見ていたとしても、それだけでは自分たちを対象化して共同体と同定することができないからだ。対象化されるためには自分達を照らす客観的な視線が必要であり、その視線をおくる存在は、揺るがない基準として国民の中心でなければならない。その中心は特権的であるために明瞭に可視化されてはならない。もし中心にいる天皇が明瞭に可視化されたならば、それは一人の人間となってしまい、全てを見渡すような偏在的機能が失われる。そうした中心は遠近法でいう虚焦点として、私たちの基準になるが、そうした基準それ自体は基準からは例外である、という転倒によって形成されるのだ。そうした視点の統一は「言文一致」と対応する。言語という基準が統一されることによって、私たちは価値を共有できる国民であるという意識を持つことになる。ここで天皇という例外に対して必然的に現れてくる言語的問題がある。それは天皇を言語において描写する時に、どこまで描いてよいのか、すなわちどこまで可視化するのかという問題でもある。石を描写する時には様々な角度からの観察が可能で、様々な換言が可能だ。しかし、明瞭な視線を禁止した天皇にとってその方法は非常に危険である。たとえ実際に見られていなくても、それが称える内容だとしても、天皇へ多角的な視線を送ること自体に同一性を解体する力があるからだ。したがって言語的に天皇を描写する時も、個人による視線ではなく、固定された視線として定型文において描写しなくてはならなかった。
なぜ天皇の言語描写において定型文以外が、いかなる内容でも同一性を解体することがあるのか。そうした問題を天皇の肖像写真として流布したはずの「御真影」が、実は「絵」であったという事実から紐解きたい。肖像写真が絵であったということは、写真に両義的な力があることを証示している。写真は絵より演出的操作の少ない客観的な描写である。それが証拠性となり、少しの演出により心霊写真のように無いものに存在性を付与することができる。「御真影」とは、写真のそうした魔術的な側面により天皇の神性を顕在化することに目的があった。しかし写真技術の未熟な日本では、写真の正確な描写により身体の生々しさが先に写されてしまったのだ。曖昧性のない正確な描写においては「神々しい」とか「雄々しい」とかいう付加価値以前の物体性が前面に押し出され、そこでの天皇は私たちと同様にただの光学的な反射になってしまう。それは言語描写においても同様だ。それを説明するためには、まず描写が指示対象に従属しているというドクサを解消する必要がある。
例えば私たちが「今日の天気は大雪である」という簡単な命題を描写する時にも、真偽の審廷は現実に天気が大雪であるかどうかであり、描写は指示対象に従属していると錯覚してしまう。しかし、この関係性は意味の条件を不問にしている。なぜなら今日という意味は既に共通であるという命題なき信仰が、その関係を可能にしているからだ。その審廷では「四角い三角は丸い」という命題の存在を許容することができない。こうしたナンセンスは別の角度から見てみると意味の条件へと遡行する契機である。私たちは「四角い三角」を指示対象に従属されずに思考することで、三角とは何か、という問いを発生させる。そうした問いは固定された価値に亀裂をあたえる。こうして意味の条件へと遡ることによって描写と指示対象の立場は逆転する。条件を問い続けること、すなわち、対象をあらゆる角度で、何度も、正確に描写することで、意味の意味それ自体は無限に動き続けることになる。そうした描写という意味の生殖的な生産によって、意味の持つ価値も一つに留まることなく運動する。したがって描写の前ではいかなる存在も同一的な価値を保持することはできない。しかし、一切の描写を禁じてしまえば、それは誰の目にも止まらず、無価値に留まることになる。だからこそ天皇の描写にはできるだけ次の意味を生産しないような「天皇は荘厳である」といったような定型文だけが許可されるのだ。言語においても天皇の存在は、御真影のような曖昧な描写に包まれていたのだ。
最後にこうした歴史を踏まえて、警戒しなければならないことがある。それは天皇を信奉するものの最後の砦である無価値の価値についてである。彼らは、あらゆる意味が「事後的」であることを告発し、どこまでも意味が後退するように、そこにあるのは無限の運動という圧倒的な無意味であることを発見する。そこまではいいが問題なのは彼らが一度の告発で満足してしまったということだ。すなわち運動を捉える時に、事後性という現在からの不可能性を根拠にすえることで、私たちに運動は正確には描写できない、という最後の意味を与えたのだ。彼らは事後性という地点から運動を捉えたのだが、その運動は偽の運動である。なぜなら運動とは条件を問うことであったにも関わらず、彼らは不可能性を根拠にして、もはや条件を問うことをやめたからだ。真の運動とは「無意味の意味」という仮定的根拠ではなく、「無意味とは」という齟齬をきたし続ける問いの形式であり、それは未来にのみ関わるものだ。描写という意味を生産する形式は、歩みを止めた彼らが無意味の意味を表明する時でさえも、それは真の無意味ではなく、あなたが意味したいものの価値であることを告発し、事後性という根拠すらも、次の意味のための条件に過ぎないといって脱根拠化してしまうのだ。したがって意味という差異化の運動の先には、停止ではなく根拠なき戯れ、すなわち差異の対自という自らへ向かう反復しかない。なるほど、描写とは来るべき意味のための形式である。それは、同一的な価値を解体せよ、そして自らの価値形成と条件も捨てされ、と命令する暴力的な形式である。その形式は指示対象に従属せず、逆に指示対象を異化させ、指示対象の不在に惹かれることもない。それは形式的ゆえに中身をもたず、そのうえ中身を充足させようとする意志に対して攻撃的な力でもあるからだ。こうした描写によって私たちは、最後の砦をその都度に破壊することができるのだ。
参考文献
多木浩二『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』岩波現代文庫、二〇〇〇年
G・ドゥルーズ『差異と反復』(上)(下)財津理訳、河出書房新社、二〇〇七年
ジオラマのジレンマ
ここにくれば誰でも奇妙な街を一望することができる。1メートル20センチの正方形の木枠に囲まれたこの街は明らかなジレンマを抱えているが、そのジレンマなしには存在できない。
赤い郵便ポストがある。少し古びたポストは、その街になくてはならない訳ではないが、その街が日常を提供するために佇んでいる。寂びれた赤色はコンクリートの地面から際立っている。メッセージの一時保留を担う懐かしき物質は、いずれなくなってゆくことを予感するような寂しさに包まれている。
透明な電話ボックスの中では、手帳を片手に持ったサラリーマンが受話器を握りしめている。仕事先に電話をかけているのだろうか。その透明な監獄はガラス一枚隔てることで音を遮断し、ここにはいない誰かと交信する孤独な人の姿をうつしだす。
八百屋には野菜が並び、店先では元気そうな店主と主婦がいる。そこにある健全な取引には、必ず日常会話という不純物が介入するだろう。その会話は何ら世界の存亡とは関係のない話題の交換で、それは誰に記されるでもなく彼らの周辺を少しだけ色付けては消えてゆく。それは再現性のない一度きりの会話で、陳列された野菜のように常に新鮮である。
14階建てのビルには、それぞれの階に均等なガラスの窓がはめ込まれている。どこを見てもそれは同じ形をしている。しかしそのスクリーンは全く異なる人生を歩んできたものたちが写り込む可能性に開かれている。そんな可能性を14×8×4と膨大に備えた塔は無機質な冷たさのうちに有機体の熱を包んでいるのだろうか。
交差点には赤信号で止まる自動車が4台ほど並んでいる。鉄の塊の驚くべきスピードを確保するために、道路と信号は生まれた。その速さは自然界の全てを置き去り、人のみの楽園を象徴する。人はいつから自らの力を超えるものを恐れなくなったのか。この街に残された野性、それは赤信号だ。動物的本能は火の赤を恐れている。
他にもこの街には生活に必要なものが全て揃っている。しかし、そこに動くものは一切存在しない。ポストはハガキを一枚も受け付けることなく、郵便という唯一の使命すら放棄している。電話ボックスの電話はどこへも繋がることなく、その中は永遠の静寂に包まれている。八百屋の野菜は腐ることなく、店主は何も売らず、主婦は何も買わない。ビルのガラスは、中からふっと人影を見せることなく壁だけをうつしている。赤信号が青に変わることもなく、自動車が動くこともなく、事故がおこる可能性もない。
全てが縮小された街は、はるか上空からの視線にさらされ、完全な静止を保っている。この街は人間の生活を模倣しているが、その重要な生活を失っている。この街の存在意義とは、見られることである。動かない街を鳥瞰する人間は、巨人になることができる。街を一望するという経験の内には、自らが街に住む小さな人間であることを忘れたいという欲望が隠されている。
しかし、このジオラマを見たものは思い思いの反応を示し、5分もせずに去っていく。彼らは巨人から、街の小人へと帰っていくのだ。しばらくジオラマを見て、様々な物語を創作した楽しんでいた一人の男も自らの街へ帰っていく。彼は想像する。僕たちも神さまのジオラマなのだろうか。まあそれでもいいか。神さまも時折、僕たちを観察して5分もせずに神の街へ帰っていくだろう。
レヴューの楽しみ方 「走馬灯」と「檸檬」
現代はあらゆるものが許されているように思われる。あらゆる人間が発言権を持ち、「みんな違ってみんないい」という掛け声のもと、「相対的=善」という価値観を植え付けられ、自由を余儀なくされる。私たちは虐げられていないゆえに反動的な衝動を無化されている。自由が許された場、とりわけ趣味や作品、商品を語る場では誰もが評論家面をする。私たちは根拠なき断言を、Twitter で、YouTube で、Amazonで、見ることがある。一九七二年、筒井康隆の小説『俗物図鑑』で描写された、自称評論家の増殖が四十年以上の時を超えて現実となっている。実際に学生の会話なんて、ほとんどがアニメとか映画とかTV 番組とかお笑いとかの評論である。そうした場を見ていると、何か人間の縮図をみているようで面白い。喧嘩したり、なだめたり、徒党を組んでみたり、達観するやつがあらわれたりして、つくづく人間の「暇さ」を実感する。もちろんそれを読んで、ほくそ笑みながら妄想を膨らませる私が一番暇を持て余していることは言うまでもない。こうしたレヴュー時代に対して、攻撃することも擁護することも容易だろう。情報に踊らされているとか、アイデンティティがどうとか、あるいは人間は昔からそうだったとか、多様性がどうとか、私たちはレヴュー時代に対してもレヴューしたくてたまらないのだ。しかし、このどうしようもないレヴュー時代を乗り切るにはその渦の中で楽しむしかない。私はレヴューを眺める時に何を楽しんでいたのだろう。それは「走馬灯」と「檸檬」である。
言葉とは空間である。同じ場所に二つの言葉は入らないので、そこには選別がある。「好き」には「嫌い」を排除する攻撃が隠され、たとえ匿名であろうと全ての言葉には「誰が」得をするのか、という政治的な力が貫いているのだ。レヴューという自由に隠されたエゴ、私たちはそれを垣間見る。しかし、それから先へは行けない。そんなものは記憶したり、熟慮したり、反論したりする前に流れゆき、漠然とした「短い歴史」だけになる。レヴューにはほとんど根拠がないように、その場に「深さ」は必要ない。それは幼児の快のように、「その都度」に発生と解消がある平面的な場なのである。しかし幼児だけでなく実際に私たちは大人になって、歴史や信念などの「深さ」を想像してはいるが、現実それ自体に根拠がないのと同様に、絶対的な価値など持っていた試しはない。私たちは恣意的な「短い歴史」の寄せ集めを生きているに過ぎない。「走馬灯」とは、そんなものだろう。そこでは「あんなこともあった」という断片が無数に流れていく。それは電車の中で街の灯をみるようなもので、一つ一つの灯に人生があることに圧倒されながら、その灯は歴史と呼ぶにはあまりにも短い回想で過ぎ去り、風景として再び地図的平面に回収されてしまう。
そんな平面によって構成されるレヴュー空間への、私なりの介入方法こそ梶井基次郎の「檸檬」である。「つまりはこの重さ」なのである。紡錘形の単純色を、ガチャガチャしたレヴューの中に仕掛けるのだ。私たちは好き勝手に意見するのだが、あたかも匿名的に語っているはずの浮遊する言葉の奥には、生々しいほどの人間性という、重さを持ったマテリアルな「檸檬」が存在している。その重さは私たちを自由過ぎる軽さから解放し、檸檬の爆発は「みんな違ってみんないい」という掛け声を、「こうでないとダメだ」という叫びへと変貌させる。私はレヴューに隠されたエゴの重さを見つけては、密かに楽しんで立ち去るのである。もちろん、そうした爆発によって空いた穴も再び平面に回収される。しかしもはやその平面は、自由だからこそ何も言うことのない無力な空間ではなく、様々なエゴの渦巻く、政治的な力の場所へと様変わりしているのだ。そうして私もようやく平面的なレヴュー空間へと入っていくことができるのだ。
そんな平面によって構成されるレヴュー空間への、私なりの介入方法こそ梶井基次郎の『檸檬』である。「つまりはこの重さ」なのである。紡錘形の単純色を、ガチャガチャしたレヴューの中に仕掛けるのだ。私たちは好き勝手に意見するのだが、あたかも匿名的に語っているはずの浮遊する言葉の奥には、生々しいほどの人間性という、重さを持ったマテリアルな「エゴ=檸檬」が存在している。その重さは私たちを自由過ぎる軽さから解放する。それは酷く漠然とした、どこへも向かうことのない無重力状態に対して引力を発揮する確かな質量なのである。檸檬の爆発は「みんな違ってみんないい」という掛け声を、「こうでないとダメだ」という叫びへと変貌させる。私はレヴューに隠されたエゴの重さを見つけては、密かに楽しんで立ち去るのである。もちろん、そうした爆発によって空いた穴も再び平面に回収される。しかしもはやその平面は、自由だからこそ何も言うことのない無力な空間ではなく、様々なエゴの渦巻く、政治的な力の場所へと様変わりしているのだ。そうして私もようやく平面的なレヴュー空間へと入っていくことができるのだ。
人間の愉楽は面白い。それはヘロインとボランティア活動のどちらにも同様に生じるからだ。5000億個以上のニューロンを持つ人間も302個しかもたない線虫も、愉楽に奉仕しているにすぎない。ある意味でそれは最も平等な基軸といえるかもしれない。